レポートNo.5
 インド

 2004/10/20
インドサテライト

皆様はインドときくと、どんな事を連想されますか?よほどのマニアの旅行好きの方でないかぎりインドに旅行する人なんて滅多にいないのではないでしょうか?!
2年前、ムンバイとニュージーランドでトーナメントがありました。わずかな世界ランキングのポイントしかなかった私は予選からの出場でした。でも、スグにインドには行けませんでした。なぜなら両親の強い強い反対があったから。一度言い出したら譲らない私は、頑として両親の説得に首を縦に振ることはありませんでした。シビレを切らした父親がある朝、私に「今から出かけるから支度しなさい」と言いました。何も知らない私は父に着いて行くと、そこは“SOSショップ”。防犯ブザーや催涙スプレーなどかなり豊富な種類の自分の身を守るための道具がありました。どんなに説得してもインドに行くだろうと思った父がとった、父らしい行動でした(笑)。こうしてインド行きが決定しちゃいました。

フライトは成田→デリ→ムンバイと乗り換えで、真夜中の2:00着。新しい国に行く時は必ず持参している“地球の歩き方”には「真夜中に空港に着く場合は、外に出ると危険なので空港内の休憩所で仮眠をとり、日が昇ってから活動した方が良い」とありました。私はその文章を読んでいたにもかかわらず、ムンバイの空港に着いた時点でスッカリ忘れてしまった。ううん、忘れさせられた。の方が正確な表現かもしれないです。空港に着いた時のあの孤独感は今でもゾッとする。ほとんどの男性が頭にグルグルとターバンとやらを巻いて、ヒゲもサンタさんみたいにあるから目しか見えないし、変な動物つれて検査受けてるし、人々の会話はどなっている様に大きな声で話してるし…。
大会のインフォメーションによるとホテルまではタクシーで15分との事。私は、日本人や欧米人が1人もいない事を確かめると、とにかく急いでホテルに行かなきゃと思い、空港を出ました。私は、その光景に目をみはりました。何百人ものインド人がこのチョー暑い真夜中にウヨウヨウヨウヨ。なんとかその人の波を抜け出し、タクシーへ。ドライバーにホテルの住所が書いてある紙を渡しました。けれども、そのドライバー、英語が話せない…(苦笑)。一生懸命話しているのに理解してない様子。ガーン…。
とりあえず乗りましたが、なんと途中でエンジンがストップしてしまいました。するとドライバー、ハンドルをすごい勢いでたたきはじめたのです。そんなんでエンジンかかるはずないよぉと思ってたら…かかりました、かかりました。エンジンがかかったんです。車は何事もなかったかのように動きはじめました。一安心した私は、それからフロントガラスに目をやりました。みなさん、次は一体何が起こったと思いますか?あんまり面白いから、クイズ形式にしたくなっちゃいます(笑)。ワイパーが見事に飛びました。右に動いた時に右のワイパーが、左に動いた時に左のワイパーが外れて飛んでいきました。しかし、目が合ったドライバーはニヤリ…。ふと時計に目をやると、もう30分がすぎてる!!「このドライバー大丈夫!?」と思い、もう一度地図を渡すと、何だか訳の分からない事を言ってる。私は大きな大きな事に気付いた。「このドライバー英語が分からないんだから、英語の住所読めてないんじゃないの!?」本当に泣きそうになった。ドライバーはホテルのガードマンらしき人に道を尋ね、車を走らせる事15分。「ここだよ。」とドライバーが指したホテル名を見ると…ちがぁう。再びドライバーはガードマンに道を尋ね、そして、どのくらい走っただろうか。時計に目をやる元気もなかった。「ここだよ。」ドライバーの指すホテルに目をやると…着いた。無事着いた。15分の道のりが2時間以上…。
ただでさえ、インド行きに反対していた両親に、真夜中に一人でタクシーに乗ったなんて怒られるに決まっているので話していないが、もし今、これを読んでいたらこの場をかりて「お父さん、お母さんゴメンナサイ」

次回は、本題であるムンバイでの試合の模様です。お楽しみに